龍井の茶芽


この写真は杭州市翁家山の龍井43号、2009年3月15日の茶芽の様子。

写真の回転方法がわからないです。
後日、修正します。
宜しくね
2010年3月15日の茶芽はどうなるだろうね。
わくわくして、期待感が有る待つことも楽しみだわ。

龍井茶畑


龍井茶畑
この写真の茶樹は龍井43号です。
手摘みの方法で茶畑を管理すると茶樹の群れの外観は丸く、自然でです。

茶畑の管理は茶樹の外観から、用意に判別できます。
少し、注意をはらえば、山に有る茶畑は沢山の情報を提供してくれます。
写真内の茶畑を見ると茶樹は一列になっていますが、一群れ一群れで、茶樹の外観は丸くなっています。
茶樹の外観が丸くなっていることは昨年度の夏から秋のかけて、発芽した茶芽を手摘みの方法で摘み取りました。

龍井の新芽色


中国浙江省杭州市龍井産地、翁家山の龍井43号の茶樹、2009年3月15日の新芽色です。

2009年一年をかけて、各茶産地の茶葉色を観察しました。
龍井茶の三つの名産地、翁家山、梅家塢、龍井村は同じ龍井43号でも茶葉の色は異なります。
翁家山の龍井43号は緑の中やや青く感じます。

龍井茶畑の今


今古茶藉の龍井茶畑の向い側の茶畑です。
この茶畑の上部にある丸いまんじゅう形をしている茶樹の群れは地元では老茶樹とよんでいます。学術界では地方群体種といいます。日本では在来種といいます。
昔と現在の茶樹の植え方が異なるために遠くからも一目で見分けることが出来ます。
下のほうに一列になっているのは最近(10年から20年くらい前まで)に植えた茶樹です。
最近植えた茶樹のほとんどは龍井43号という茶樹です。
龍井43号は中国農業科学院茶葉研究所が研究開発した茶樹の品種で、1987年正式に登録した優良品種です。登録番号は「GS 13007-1987」です。
無性繁殖形(挿し木栽培法)で、潅木形、中葉類、茶葉の色はやや黄色よりの緑色です。
それ故、初夏の龍井茶畑は遠くからみると清々しさを感じます。

龍井茶芽の今


現在、茶芽の様子です。

このくらいの大きさは米粒と言います
このくらいの大きさは雪がふっても、凍傷の心配はございません。
なぜならば、周りの大きな葉に庇われますからです。
大きな葉は秋をこして、葉の繊維は強くなり、逆境に耐える力が強いです。
このまま、芽が成長していくといずれに大きくなり、自分が環境の中にさらされます。
なのに、葉の繊維質がまた柔らかく寒さに耐えられる力が未だ備われていません。
その故、3月上旬に雪によって凍傷なりガチです。

2010年の新茶が始まった


今古茶藉の龍井茶畑の様子
おじさんは毎日、茶畑で行ったり、来たりして茶葉と親しくしています。
最近、一番の宝物は孫です。
孫を生まれたあの年、一家はかなりトンチャン騒ぎでした。
なぜならば、孫は3月のはじめ、茶摘みの季節に生まれたからです。
現在、孫は幼稚院に通っているし、気楽な毎日です。
昨年度から、作ったお茶はいっそうおおらかになって精錬して来ました。

茶樹の新芽 13


10. 鷹爪

2007年3月10日
翁家山でとった龍井43号の写真です。
嫩茶芽を指す。唐代の蜀州の横源(現在の四川省成都あたり)で一種の嫩芽茶を産していた。
茶芽は極々小さくなっていて芽尖が直に延ばして、鳥のくちばしに似ているところから烏嘴と名乗られる。唐代の文人劉禹錫が書いた『西山蘭若試茶』の中に「宛然為客振衣起、自傍芳木叢摘鷹嘴」(お客様の為のように衣服を振り舞いあがる、自分の傍にある茶群れから烏嘴のような茶芽を摘みあがる。)。と記載している。

茶樹の新芽 12


7.麦顆

嫩茶芽或いは細小の茶を指す。又は谷粒ともいう。
茶芽或いは茶葉の繊細度を表す。茶芽が繊細で可愛らしいところから愛され、つい名が高くなる。
宋代に徽宗皇帝が自ら書いた『大観茶論』の中で、「凡茶芽如雀舌、谷粒者為斗品」(茶の芽が雀の舌、谷粒のようになっている者は突き出した品である)。
沈括が著論した『夢論』の卷24に「茶芽、古人謂之雀舌、麦顆、言其至嫩也」(茶の芽が古人は雀の舌、麦顆で呼ぶ。その茶芽の嫩度を強調するためである。)

茶樹の新芽 9


9. 鷹嘴
2007年3月9日、浙江省杭州市梅家塢から山を越えで龍井村に向ける途中で撮った写真です。

嫩茶芽を指す。唐代の蜀州の横源(現在の四川省成都あたり)で一種の嫩芽茶を産していました。
茶芽は極々小さくなっていて芽尖が直に延ばして、鳥のくちばしに似ているところから烏嘴と名乗られます。唐代の文人劉禹錫が書いた『西山蘭若試茶』の中に「宛然為客振衣起、自傍芳木叢摘鷹嘴」(お客様の為のように衣服を振り舞いあがります。自分の傍にある茶群れから烏嘴のような茶芽を摘みあがります。)。と記載しています。

茶樹の新芽 8

以上のものは2007年7月、昭和女子大生活機構科に提出した修士論文内容を引用したものです。
WEBの使用能力が限られています。
表の作り方が分らないです。参考までに

1999年〜2007年、筆者が観察した中国代表する5種類の緑茶の初摘み記録
各お茶の初摘み記録があると写真の芽の大きさをあわせてみると分りやすいと思います。

1.龍井
翁家山、龍井43号
1999年は  3月16日
2000年は  3月08日
2001年は  3月18日
2002年は  3月10日
2003年は  3月20日
2004年は  3月11日
2005年は  3月29日
2006年は  3月11日
2007年は  3月04日

梅家塢、龍井43号
1999年は
2000年は
2001年は
2002年は  3月11日
2003年は  3月20日
2004年は  3月12日
2005年は  3月29日
2006年は  3月16日
2007年は  3月4日
* 毎年、龍井茶の開園日が新聞によって正式に公表されています。しかし、茶農の茶園管理及び茶農が所有する「茶を必要とする客様」の要求に応じて一日か二日の行違いがあます。
* 2003年雨と気温が低いという影響で茶は摘みが大幅に遅れる年です。
 杭州で一週間くらい待っていました。
* 2005年3月12日が大雪を降ったため、萌発した初めの新芽が全滅になりました。
 その後も寒気が続いたため、結局3月29日までに延びた。農民に聞いた事によるとこのような天候がこの20何年間、初めて発生したと言うことです。
2006年3月12日も雪警報がありました。
2005年の大雪という悪影響で、農民の中で雪を恐れ、発育不十分の芽を無理して摘んだ人もいます。
*2006年3月12日は予報通りに雪を降った。西湖の近辺の茶畑の被害はそれほどがなかったが、新昌あたりはかなりの被害を受けました。
* 茶樹の年齢を気になって調査し始めた年は2003年です。

2.碧螺春
1999年は 
2000年は
2001年は  3月21日
2002年は  3月13日
2003年は  3月23日
2004年は  3月18日
2005年は  4月04日
2006年は  3月21日
2007年は  3月04日
*2005年と2006年の3月12日は雪をふりました。碧螺春の開採日も影響されました。
*2007年は異常天候の影響で開採日が龍井並みに始めましたが、その後、寒さが続いたことによって、3月4日に茶摘みの後、再び茶摘みが出来るとき、やはり例年通りの3月20日すぎています。
*3月4日に摘める茶の量は平均的に1戸あたり、100g~200gくらいです。中で、特に多く取れる農家でも250gです。
業者のほうはこのような農家の生茶葉を買い集めて統一的に製茶します。

3.黄山毛峰
1999年は
2000年は  3月26日
2001年は  3月25日
2002年は  3月22日
2003年は  3月26日
2004年は  3月25日
2005年は  4月07日
2006年は  3月26日
2007年は  3月28日
*2005年3月12日の雪は黄山も影響があります。しかし2006年の雪は大きな影響がありません。
*2007年は3月28日から連続三日間黄山の山奥に30℃をこえる高温記録しました。そのために茶葉の生長が急速したため、ほとんどの黄山毛峰は芽茶の状態を保つことが出来ませんでした。

4.廬山雲霧茶
1999年は
2000年は
2001年は  4月12日
2002年は  3月25日
2003年は  4月14日
2004年は  4月10日
2005年は  4月18日
2006年は  4月09日
2007年は  4月04日
*廬山茶の萌発は比較的遅いので、2005年と2006年の雪がほとんど影響がないです。

茶樹の新芽 6


5. 茶笋

龍井43号、2007年3月21日の芽です。

茶芽のことである。茶の芽が萌え、笋のように極繊細でやわらかいである。唐代の詩人陸亀蒙の『和茶具十詠』の中で『茶笋』という詩がある。

茶樹の新芽 4


2. 小芽

茶の嫩芽です。茶芽の中で一番わかい芽のことをさし、宋代の熊蕃の『宣和北苑貢茶録』に「凡茶芽嫩品、最上曰小芽、如雀舌、鷹爪、以其勁直纎挺、故号芽茶。」(すべて嫩芽の中で最上品は小芽という。雀の舌のように、鷹の爪のように、強く鋭い真直に纎々と延ばしている。それ故芽茶と称す。)と記載している。趙汝礪『北苑別録』に記載している「小芽者、其小如鷹爪」。(小芽とは茶の芽が鷹の爪のような小さいものである。)
宋代の献上茶生産地の一つ北苑は現在の福建省武夷山市の武夷山にある。武夷山の今は世界遺産と認定されている。動植物の自然保護地域であり、その中鳥類は約254種類があり(武夷山誌より)、中でも隼形目は19種類が占めている。それ故、鷹の爪の形で茶芽の形を形容することがごく自然である。

茶樹の新芽 3


1. 龍芽
この写真は武夷岩茶の新芽です。

両方の写真を参考までに比較して見てください。

*写真を撮ることが下手ですみません。
この写真の失敗を踏まえて、来年の春に撮り直す予定です。

茶樹の新芽 2


1. 龍芽
龍芽は名詞として使用する時、茶の別称である。形容詞として用いる場合は茶の芽の生長状態を表す。

* この写真は龍井43号です。

宋代に使用されていました。
宋代、建安(現在の福建省建瓯市)からの北苑貢茶(献上茶)の明細中に『万寿龍芽』という品名の茶を記載している。又は宋代の文人、楊万里が『過平望』という詩の中で、「午睡起來情緒悪、急呼蟹目瀹龍芽」(昼寝から目覚め、情緒(気分)が悪くかんじます。急いでお湯を沸かし、龍芽(茶)をいれる。)と書いてあります。
龍芽は宋代では茶名の同時に、萌え始めた芽の生長状態をあらわします。
お茶として、出来る最細小の芽ともいえます。

北苑からの献上茶なので、基本的に福建省産のお茶を原材料と考えられます。
その福建省のお茶は過去の記録に有る小白種の茶木と清朝時代有名になった正山小種をのぞく、大白種は大葉種で岩茶は中葉種です。そうすると、小葉種の芽と比較するとやや大きめになります。
両方の芽の写真とものります。

*北苑遺跡は現在の福建省の西北に武夷山にあります。
福建省の北部はほとんど茶の生産地です。
現在、代表的に取上げられているお茶は西北の岩茶(青茶)、正山小種(紅茶)、北部の政和大白で作った白毫銀針、白牡丹(白茶)、東北の福鼎大白で作った白毫銀針、龍珠(白茶、花茶)などがあります。
福建省の北部は過去に小白茶もありましたが、現在消えているようです。福建庄野北部の山々で現在探し続けていますので、みつかりましたら、また報告します。

茶樹の新芽 1

茶樹は植物です。承知の通りに植物は真冬の休止期以外、成長し続けています。そのため、茶木の上では常に茶芽が有ることを意味します。それ故、生長休止期の他、産地によって、茶葉摘みをし続ける場合があります。

歴代の文人達はよくその茶芽について詩を詠います。ここでその詠われる春先に萌え始まる茶芽実態はどうなっていますか、各名茶の産地を訪ねて調べた結果を発表します。

歴代の文人達は茶への愛好及び感動による書かれた記録は私達にその時代の流行と茶葉の生長を伝えることになります。
文人達が詠った茶芽の状態は21個の名詞に纏めました。
1.龍芽、2.小芽、3.水芽、4.露芽、5.茶笋、6. 紫笋茶、7.麦顆、8.蓮芯、9.鷹嘴、10.鷹爪、11.雀舌、12. 鴉雀口、13.茶槍、14.芽茶、15.揀茶、16.細茶、17.茶旗、18.槍旗、19.一槍一旗、20.旗槍、21.中芽、22.末旗などがあります。
これから、これらの専属名詞についての定義と写真を連載していきます。

鉄漢音 4


水気

のせた鉄観音の産地の写真を通して、空気中に水気のような、霧のような雰囲気を感じれるといいなと思います。
遠い山を見ると感じやすいかもしれません。
天候は晴れ晴れなのに安渓の山々のいたるところに空気中に水気のようなものが目につきます。
空気中に水気が充実していますが、全体的に湿気がすくないということは安渓という茶産地の環境特徴の一つです。

鉄漢音 3


鉄漢音の産地、安渓という地方です。
山の形が穏やかになって、視線つくほとんどのところに茶木を栽培しています。
字面通りに「茶山」です。